【あなたへ贈る感謝の言葉】

 幼くも強い心を持った魔導師の少女たち――なのは、フェイト、はやての活躍により解決した闇の書事件≠謔闢週間。
 事件に関わった者たち、その功労者たちは、普段の生活を取り戻し、変わらぬ平和な日常を過ごしていた。
 これはその、平和な日常の一コマ。



 海鳴市・藤見町のとあるマンション。
 一見ただのマンションにしか見えないそこは(いや、マンション自体はごく普通のものだが)、実は時空管理局所有のマンションである。
 そこに住んでいるのは、時空管理局提督にして巡航艦アースラ艦長リンディ・ハラオウンをはじめとした闇の書事件♂決の功労者たち。リンディの息子で時空管理局執務官クロノ・ハラオウン。アースラ通信主任兼執務官補佐のエイミィ・リミエッタ。そして時空管理局嘱託魔導師にして、リンディが養子に迎えようとしている少女、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの五人(四人と一匹?)である。
 元々そのマンションは闇の書事件♂決の為に用意した臨時の司令室で、事件の解決した今となっては早々に引き払われるべきなのだが――そこはそれ。リンディの巧みな話術やらなにやらで、今ではすっかり彼女たちの住居となっていた。


「いっやぁー! いいっ! いいよフェイトちゃん! 凄く良く似合ってる!」
「本当本当。普段のフェイトもいいけど、今のフェイトも凄く可愛いよ」

 エイミィとアルフが揃って黄色い声を上げた。彼女たちの前にいる、金色に輝く髪をツーテールにした少女――フェイトは、「そ、そうかな?」と頬を染めて顔をやや俯かせた。

「いやいや本当。お世辞抜きで。ね、艦長?」
「ええ、本当良く似合っているわフェイトさん。とっても可愛いわよ」

 問われたリンディは嬉しそうに片手を頬に添え、うっとりするように微笑んだ。「あ、ありがとうございます……」とフェイトはやはり照れた様子で返した。
 フェイトたちが今いるのは、彼女たちの住まうマンション。高い屋根と奥行きのある――そしてきちんと整理された――広々としたリビングだった。
 そしてフェイトの今の格好は、首元にリボンの付いたピンクのセーターに赤いプリーツスカートといった可愛らしいもの。リンディが本日彼女の為に買ってきたものである。
 普段はシャツに黒いジャケットを羽織った――どちらかといえばかっこいい系の服装が多いフェイトなだけに、今のような格好はなかなかに珍しく、着ている方も見ている方も実に新鮮な印象を抱いた。

「そうだ。この際髪型も変えてみようか? そうすればもっと可愛くなるかもよ?」
「ああいいねー、それ。私もストレートと今の髪型以外見たことないし」
「ちょ、ちょっとエイミィ! アルフも!」

 段々と悪乗りしてくる二人にフェイトが赤い顔のまま抗議の声を上げ、それを見た二人は可笑しそうに笑った。
 そんな女性たちの和気あいあいとした輪から一歩後ろに下がって、静かに様子を見守っている少年がいる。リンディの息子、クロノである。

「…………」

 クロノは何も言わずに黙ってフェイトに視線を向けている。その顔がやや赤いのはきっと気のせいでは無いだろう。

「どう? クロノ。貴方も可愛いと思うでしょ?」

 リンディが振り返って尋ねるとクロノは一瞬胸をどきりとさせた。「えっ! あ、いや、その……」クロノは明らかに言葉に迷った様子で忙しなく辺りに視線を彷徨わせる。動揺しているのが見え見えだ。

「ほれどうなのよ〜、お兄ちゃん。妹さんのご感想は〜?」

 いつの間にやらエイミィがクロノの傍に寄ってからかうように訊いた。「え、エイミィ!」とクロノはエイミィを一睨みするが、そんなものすっかり慣れている彼女に通じるわけもない。クロノは諦めたように小さく嘆息し、改めてフェイトに視線を向けた。
 普段はあまり見ない可愛い服装。自分の感想が気になるのか、恥ずかしそうに頬を赤く染めた顔をやや俯かせがちにしながら、ちらちらとこちらに視線を向けている仕草が、彼女の可愛さを一層引き立たせている。
 クロノは自身もなんだか顔が熱くなってくるのを感じながら、それを誤魔化すように、他の皆(特にエイミィ)に気付かれないように、一つ咳払いした。

「あー、まあ…………いいんじゃないかな」

 出来るだけ感情を抑えた普段の声でクロノは言う。「なーにその冷たい反応」とエイミィは半眼でクロノを見据えるが、その口許は小さく笑っていた。それが彼の照れ隠しであることは、長年のパートナーである自分でなくても、誰が見ても明白だからだ。
 もちろんそれはフェイトも気付いていて――だからフェイトは恥ずかしくも顔を上げ、

「ありがとうクロノ」

 にこっと微笑んだ。

「! あ、そ、い、いいいいや! いいいいんだ! うん! うん!」

 瞬間。クロノの顔がぼっと火が点いたように赤く染まった。完全に慌てふためき、

「そそ、そそそれじゃあ僕は急な仕事が! 部屋に戻らなきゃいけないから!」

 そう言うとクロノはくるりと皆に背中を向けて、ぎくしゃくとした動きでありながら素早く歩きだした。さながら活動写真を早送りしたかのような動きだ。

「え? クロノ? そっちは――」

 クロノの行く先を見てフェイトが驚いた顔で声を掛ける。しかしクロノは聞こえていないのか、そのまま足を止める事無く玄関を出て行ってしまった。

「…………行っちゃった」
「ありゃ相当動揺してるね。うん」

 エイミィは腕を組み、新しい玩具を見つけた子供のように口許を緩ませてうんうんと頷いた。アルフは「何やってんのかねー」と呆れた声を出し。リンディは我が子の様子にちょっと困りつつも楽しそうに微笑した。

                 ◇◆◇

 その日の夜。
 フェイトは自分の部屋のベッドに腰掛けて電話をしていた。電話の相手は彼女の親友――高町なのはである。
 こっちに住むようになってからというもの、フェイトとなのはは夜眠る前にこうして携帯電話で話をしたり、メールでやりとりをするのが殆ど毎日の日課のようなものとなっていた。
 そして今夜も、彼女たちは今日の出来事を何気無く話している。

『あー、私も見てみたかったなー。フェイトちゃんの新しいお洋服』
「それじゃあ明日会うときにでも着て行くよ」

 なのはの残念そうな声にフェイトは微笑交じりに答え、ちらりと視線を横に向けた。自分が座るベッドの隅には、洋服――今日リンディが買って来てくれたものだ――が丁寧に折りたたまれて置いてある。
 フェイトはそれを何か思いつめるように見つめ――

『――ちゃん? フェイトちゃん?』

 耳元から聞こえるなのはの声ではっと我に返り、慌てて電話口に話し掛けた。

「あっ、ご、ごめん。何?」
『何って――フェイトちゃんが急に喋らなくなっちゃったから…………どうかしたの?』
 その……、とフェイトは言い掛けてまたちらりと洋服に目を向けた。言葉を止めて少し何かを逡巡し、フェイトは再び口を開いた。
「あのね――」


「リンディさんに、プレゼント?」

 電話越しに聞こえてきたフェイトの言葉をなのははきょとんと反芻した。

『うん。私こっちに来る前からも、クロノとかエイミィとか、いつも皆にお世話になってて……。特にリンディ提督には色々良くしてもらったのに……何のお礼を返せてないから』

 フェイトは申し訳無さそうな声で言った。フェイトがなのはの近くに住んで、今こうして話しをしていられるのも全てはリンディやクロノ、エイミィといった人たちのおかげなのだ。中でもリンディは住まいのことや学校のことだけでなく、自分の保護者になることをかって出てくれた人でもある。
 それなのにフェイトはリンディに自分が何のお礼も返していないこと、それだけでなく、未だ彼女の養子になる話の返事をちゃんとしていないことを、気に病んでいた。
 だからせめて少しでも何かお礼をしたい、ということらしいが……。

『そ、それでね。私こういうときってどんなプレゼントをすればいいのかあまりよく分からなくって…………なのはの意見を聞いてみたいんだけど……』

 そのときフェイトの声が僅かに陰りを帯びたものになっていたのをなのはは聞き逃さなかった。
 フェイトは過去――自分が母親だと信じていた人に献身的なまでに尽くしていたことがある。しかしその人物はフェイトを最後まで我が子としては見ず、彼女の好意をことごとく踏み躙った。そのときのことはもう本人も気持ちの整理はついているし、大丈夫だとなのはも思っているが、それでも少なからず何か思うことがあるのだろう。
 なのはは表情を曇らせ掛け、しかし小さく被りを振って普段の明るいものに戻した。

「うーんそうだね。どんなのがいいかな?」

 思考を切り替え、フェイトの相談に集中する。
 こういったプレゼントで大事なのは贈る気持ち≠セ。しかしどうせ贈るならやはり相手に喜んで貰えるものがいい。
 定番でいえば服や装飾品になるのだが――。

「リンディさんの好きなものとかって分かる?」
『えっと……甘いものとかお茶かな? いつもエイミィが淹れてくれてるの』
「お、お茶」

 以前見掛けたリンディのお茶の飲み方を思い出して、なのははちょっとだけ口許を引き攣らせた。ちなみにその飲み方というのは、緑茶に砂糖とミルクを入れるというかなり変わった――というか、少々味覚を疑いたくなるものだった。

『どうかしたの?』
「あ、ううん。何でも無いよ。えっと、それならティーセットとかならどうかな?」
『ティーセット…………うん、いいかもしれない』
「それじゃあ明日一緒にお店見て回ってみよう。アリサちゃんとすずかちゃんにも訊いて」
『うん。ありがとうなのは――――あっ』
「? フェイトちゃんどうしたの?」

 フェイトの戸惑っている様子が電話越しにも伝わってきて、なのはは尋ねた。「あ、あのね」と少し言い難そうにフェイトが告げる。

『今日リンディ提督、新しいティーセット買ってきてた』
「え!?」

 それでは折角のなのはの提案も残念ながら却下するしかない。リンディならきっと喜んで受け取ってくれるだろうが、贈る方としては心苦しい。

「それじゃあ別なのを考えるしかないね」
『うん――ごめん』
「フェイトちゃんが謝ること無いよ。それより別のもの考えよう」
『うん』

 結局振り出しに戻って二人はまたプレゼント案を考えた。
 カップが駄目ならお茶の葉などはどうだろう? いや、ちょっとこれは地味かな? それなら甘いもの? 甘いものといえばやっぱりケーキとか――――

「あっ!」
『わっ』

 なのはの突然の大声にフェイトがびっくりした声を上げた。「あ、ご、ごめんねフェイトちゃん」なのははすぐに謝る。

『ううん。でもどうしたのなのは? 何かあった?』
「えへへ、いいこと思いついちゃって、つい」
『いいこと?』
「うん。あのね、リンディさんへのプレゼント、ケーキにしたらどうかな?」
『ケーキ? そっか、提督甘いもの大好きだからね。でもなのはのお母さんのお店のは殆ど食べてると思うけど……』

 フェイトの不安とまではいかないがちょっとだけ心配そうな声に、なのははふふっと小さく笑った。

「だから、フェイトちゃんが作ったケーキなんてどう?」


「え!? わ、私!?」

 なのはの思いもよらぬ提案にフェイトは目を丸くして驚いた。

「そ、そんな私ケーキなんて作ったことないよ! それにお料理だって、殆どエイミィが作ってくれてるし……!」

 自分が勉強していたのは魔法の技術やそれに関することばかりで、そういった家庭的なものは殆ど教わっていない。アルフなら少しはやっていたのだが、自分はまったくてんでである。

『でも喜んでくれると思うよ。それにケーキの作り方なら私のお母さんに頼んで教えてもらえばいいし。ねえ、どうかな?』
「えっと……」

 ……どうしよう?
 確かにそれなら喜んでもらえそうだし、なにより自分で作るという行為が自分の気持ちをしっかり込められるような気がする。しかし料理を殆どやったことのない自分に果たしてうまく作れるかどうかとなると……不安意外何もない。

(で、でもちゃんと自分の気持ちは伝えなきゃいけないよね)

 フェイトは自分に言い聞かせるようにして決意すると、やたら畏まった口調でなのはに返事をした。

「それじゃああの……宜しくお願いします」
『うん! それじゃあ私お母さんに頼んでおくから。明日家でね』
「うん。あ、なのは」
『ん?』
「あの、ありがとう」
『うん!』

 それじゃあ明日、と二人は電話を切った。
 フェイトはふう、と小さく嘆息して携帯電話を横に置いた。

(なんだか大変なことになっちゃった気がするけど……)

 それでも一生懸命やって、もし喜んで貰えたら、凄く、嬉しいと思う。
 それでそれをきっかけに、一歩踏み出せれば――――。

「……頑張ろう」

 フェイトは明日に備え、電気を消し早々にベッドへと潜った。しかし不安と期待を綯い交ぜにした彼女が眠れたのは、それから約二時間後のことだった。

                 ◇◆◇

 その日、高町家のキッチンは朝から賑やかな声が聞こえていた。

「宜しくお願いします」

 昨日リンディに買って貰った服を着て、その上にフリル付きのエプロンをしたフェイトが桃子に向かって丁寧に頭を下げた。

「はい。一緒に美味しいケーキが出来るよう頑張りましょうね」

 なのはの母、高町桃子は朗らかに微笑んで応え、その隣では同じくフリルのエプロンを付けたなのはが「頑張ろうね」と両手にぐっと拳を作っていた。
 昨夜のなのはの案によりフェイトはケーキを作る為に高町家を訪れている。なのはが予め桃子にお願いしてくれていたので、テーブルの上にはケーキ作りに必要な器具と材料が全て揃っていた。

「凄い……」

 それらを見渡してフェイトは感嘆の声を洩らした。普段料理をしない彼女にとって、それはまったく未知の光景だ。

「フェイトちゃん料理はしたことあるの?」
「えとあの、ごくたまに……手伝うことは」

 これまでそういった経験が無いことが何だか急に恥ずかしくなって、フェイトはぼそぼそと小声で答えた。

「あはは、私と同じだ」

 フォローするようになのはが言って、「そうなんだ」とフェイトは微笑した。

「ふふっ。それじゃあ一番ポピュラーな苺のショートケーキを作りましょうか。まずはスポンジ作りから」
「はい」

 フェイトとなのはは揃って返事を返した。


「えっと、まずは牛乳とバターを湯せんで溶かす。……あの、『湯せん』て何ですか?」
「ああ、湯せんっていうのはね――」

「お母さん、これはどう? これぐらいでいいかな?」
「いいわよ。それじゃあなのは、ハンドミキサーでそれを泡立てて」
「わっ! わわっ!」
「ふ、フェイトちゃん!?」
「大変! スイッチ、スイッチ切って!」

「それじゃあこれを型に入れて」
「はい。えっと……こう、ですか?」
「ええ、いいわよ」


 オーブンの蓋を閉め、桃子は後ろで心配そうに窺っている二人の小さなパティシエたちを振り返った。

「――さ、これでよし。焼き上がるまでに時間が掛かるから、ちょっと休憩にしましょう」

 フェイトとなのははほっと胸を撫で下ろした。二人の顔やエプロンには、ハンドミキサーを使った際に飛び散った生地が所々付いていた。服に付いていないのは不幸中の幸いだろう。
 桃子は二人をダイニングの椅子に座らせると、自分はてきぱきとお茶の準備を始めた。流石人気の喫茶店『翠屋』の店長だけあって、あっという間に二人の前には紅茶とクッキーが並んだ。桃子も席に着き、三人はお茶を始めた。

「いい香りの紅茶ですね」

 一口カップに口を付け、フェイトは微笑を浮かべて桃子を振り返った。

「あら気に入ってくれた? ローズティーなんだけど、良かったらお茶の葉分けてあげましょうか?」
「え、でも……」
「いいからいいから。それにリンディさんにはいつもご贔屓にしてもらってるし」
「それじゃあ……ありがとうございます」

 どういたしまして、と桃子は微笑んで紅茶を一口飲んだ。カップをテーブルに戻し、

「そういえば、フェイトちゃんはリンディさんにケーキを贈りたくって、作ろうと思ったのよね?」
「はい、そうです。リンディさんには、いつもお世話になっていて……なのに私は何もお返し出来てなくて。だから……」

 フェイトは思い詰めるように少しだけ顔を俯かせた。そこにどれほどまでの想いがあるのか、桃子は想像するしかないが、それでもフェイトがこのケーキ作りに並々ならぬ気持ちを向けているのは理解出来た。

「美味しいケーキにしましょうね。フェイトさんの気持ちが沢山詰まった、とても美味しいケーキに」
「はい」

 桃子の言葉にフェイトは力強く返事をした。

「ところで――フェイトちゃんはリンディさんに贈る為。それじゃあ、なのはは一体誰に贈りたくてケーキを作ってるのかしら?」
「え?」

 突然話を自分に振られてなのは瞳をぱちぱちと瞬かせた。
 そういえばフェイトに付き合う形で自分もケーキを作っているが、そのケーキを誰にあげるかなんて特に考えてもいなかった。「えっと……」と咄嗟に考えるなのはの姿を桃子はちょっと勘違いしたようで、口許に笑みを浮かべてなのはを追求した。

「もう、そんなに照れなくてもいいじゃない。ね、お父さんたちには内緒にしておくから、お母さんにだけ教えて?」
「いや、だからそれはその――」

 答えられないなのはと楽しそうに尋ねる桃子。
 そこにある親子の姿を、フェイトは微笑ましさと羨ましさを持って、眺めていた。

(私も……リンディ提督とああいう風に……なれるのかな?)

 もしもなれたらそれはきっと――とても素敵なことだと思う。


 出来上がったスポンジを二つに切り、生クリームを塗りスライスした苺を並べ、重ねる。最後にホイップクリームとシロップに漬けた苺で飾って、ケーキは完成となった。

「どう、ですか?」

 クリームの絞り袋を手にしたままフェイトがやや不安そうに尋ねた。出来上がったケーキを桃子は母親の顔で、しかしプロとしての厳しい眼で見つめ、

「うん。いいわね」

 その言葉を聞いた瞬間、フェイトはぱあと笑顔を輝かせた。

「ありがとうございます!」
「やったねフェイトちゃん」

 なのはも自分のことのように喜んだ。「うん、ありがとうなのは」とフェイトはなのはにも礼を言う。ちなみになのはのケーキはフェイトより少し早く完成していた。こちらの出来栄えも上々である。

「それじゃあ後はこれを切って箱に詰めればオッケーね。今箱とリボンを持って来て上げるから、ちょっと待ってて」

 桃子はそう二人に告げるとキッチンを出て行った。後に残ったフェイトとなのはは顔を見合わせ、どちらからともなく小さく照れたように笑い合った。

「ありがとう、なのは」

 フェイトは改めてなのはに礼を言った。

「全部なのはのおかげだよ。なのはが素敵なプレゼントを思いついてくれたから。桃子さんにお願いしてくれたから。料理をしたことのない私でも、作ることが出来た」
「えへへ、でも頑張ったのはフェイトちゃん自身だよ。フェイトちゃんのリンディさんを想う気持ちがあるから、上手く出来たんだよ」

 フェイトは頬を淡く染めてうん、と小さく頷いた。

「あとは渡して、言うだけだね」
「うん……ちゃんと、言えると思う」


 そう、きっと言える。
 あの人に、「ありがとう」って。
 それと――――


「あ、そうだ」と今思い出したようにフェイトはなのはに言った。

「さっきなのは、誰にケーキをあげるか迷ってたよね? もうあげる人は決めたの?」
「ううん。まだだけど」
「あの、それならユーノなんて、どうかな?」

 フェイトが窺うように訊いて、「ユーノくん?」となのはは小首を傾げた。考えること数瞬。

「そっか、そうだね。私が魔法使いになれたのもユーノくんのおかげだし。最近会ってお話してないし」

 なのはの返事にフェイトはほっとしたように微笑んだ。ユーノがなのはのことを大切に想っているのはずっと前から気が付いていたが、なのはの方はどうやらまだまだ気付いていないご様子。

(でも、これでちょっとでも気が付くかな?)

 これが恩返しになるかどうかは判らないが、それでも人の想いに気が付くのはいいことだと思える。

「うん。きっとユーノ喜ぶと思うよ」
「ユーノくんお菓子好きだもんね」
「え、いや、そういうことじゃなくて……」
「え?」

 本当に解らない、といった顔でなのははきょとんとした。思った以上に、これは難題かもしれない。

(ユーノ、頑張ってね)

 この場にいない少年に向かって心中でエールを送った。

                 ◇◆◇

 綺麗にラッピングされたケーキの箱を両手で大事そうに抱え、フェイトは自宅のマンションへ戻った。心配したなのはが「一緒に行こうか?」と言ってくれたが、それをフェイトは丁寧に断った。
 これは、自分独りで成さねばならないことだ。

「ただいま」

 ちょっと緊張した声で帰宅を告げ、フェイトはリビングへ足を向けた。

「あら、お帰りなさいフェイトさん。早かったのね」
「あ……」

 リビングにはリンディが一人でお茶を飲んでいた。フェイトは咄嗟にケーキの箱を後ろに手に隠した。
 どうやら他の皆は出掛けているらしく、他に人の気配は無かった。しかしそれはフェイトにとっては実に都合がいい。他の人の眼があると余計に緊張してしまいそうだからだ。
 まあ、それでも緊張が無いわけではないが……。

「どうかしたの?」
「あ、い、いえ」

 フェイトははっと我に返り、小さく首を振った。

(言うって、決めたんだから……!)

 自分に言い聞かせ、緊張を胸の内に抑えたままリンディの傍に歩み寄る。「あ、あの、リンディ提督」心なし小さくなった声でリンディを呼んだ。

「はい?」

 リンディはティーカップをテーブルの上に戻して顔を振り向かせた。もじもじと僅かに顔を赤くさせているフェイトの様子を少々変に思いながらも、リンディは穏やかに微笑んで訊き返した。

「何、フェイトさん?」
「あの、その――こ、これ!」

 フェイトは意を決したように後ろに隠していたケーキの箱を差し出した。
 リンディは差し出されたケーキの箱とフェイトの顔を交互に見遣り、これは? と当然の疑問を口にした。

「えっと、あの……いつも、リンディ提督にはお世話になって……。だけど私、全然、お返しも何も、出来ていないから…………だから――――」

 フェイトは緊張と恥ずかしさとでたどたどしく言った。自分でも何を言っているのかよく解らなくて……これではとてもリンディが理解出来ているとは思えない。

(駄目だ! こんなんじゃ!)

 頭の中で自分自身に必死に被りを振る。


 ちゃんと言うと決めた。
 ちゃんと伝えると決めたのだ。
 自分の気持ちを。
 自分の想いを。


 フェイトは一度ぎゅっと瞼と口を閉じた後、瞼を開いてリンディの顔をしっかりと見つめた。
 自分の中の緊張を抑え込み、微笑みを浮かべ、気持ちを、伝える。


「いつもありがとう……母さん」


 リンディにとってそれは――その言葉は、とても待ち望んでいたもので、同時にどこか諦めていた感のあるものだった。
 彼女がこれを言うのにどれだけの気持ちの整理が必要か。
 どれだけの想いが必要か。
 それはリンディが想像するよりも遙かに――大変なものだろう。

(フェイトさん……いえ――)

 リンディはソファーから腰を上げ、フェイトの正面に立った。微笑み、そして、フェイトの差し出した箱を受け取った。

「ありがとう……フェイト」

 その瞬間、フェイトは自分が何か温かいものに包まれるのを感じた気がした。
 きっとこの温かさは、気のせいじゃない。

「開けて見ていい?」
「はい」

 箱の中身を見て、リンディは「まあ」と驚き、嬉しそうな顔をした。

「フェイトが作ってくれたの?」
「う、うん……。なのはと桃子さんに、教えて貰って……」

 フェイトはちょっとだけ照れたように言ったが、先ほどまでの硬さはそこにはもう無かった。リンディはふふっと小さく笑った。

「それじゃあ早速頂きましょうか。今、お茶を淹れるわね」
「あっ、それなら私がやります。……母さん」
「……うん。お願い、フェイト」



「クロノくん、そろそろ中に入らない?」

 玄関前に三人の男女が立っていた。その内の一人、エイミィが隣のクロノに訊く。クロノは背中のドアに顔を振り向かせて少しの間逡巡し、いや、と顔を正面に戻した。

「もう少しだけ、二人にさせておこう」
「……そっか。そうだね」
「フェイト……良かった、良かったよー」

 声を抑えて泣いているアルフの頭をエイミィは「おー、よしよし」と優しく撫でた。
 そんな二人は気が付いていないが、クロノは口許に小さな笑みを浮かべていた。

「おめでとう、フェイト」

 そのとても小さな祝福の言葉は本人以外誰にも聞こえること無く、暖かい午後の日差しの中に消えていった。


〈了〉






                 ■□あとがき■□

 やっぱり「リリカルなのは」の二次創作は難しいですね。
 初めましての方が多いかと思われます。初めまして、天田ひでおといいます。
 いつも素敵なイラストで僕を含め皆を楽しませてくれ、個人的に色々お世話になっております「蒼い惑星」鰯さんに何か感謝の気持ちをと思いまして、今回このようなSSを送らせて頂きました。

 ちなみにこのSSのコンセプトは、フェイトちゃんに「母さん」と言わせよう! です(笑)
 そんなコンセプトならシリアス路線で書いた方がもっと良かったのでしょうけれど、どうにも僕はほのぼの系なネタばかり浮かんでしまう人間でして、こんな内容となりました。
 原作のフェイトちゃん、鰯さんの描かれるフェイトちゃんの雰囲気に少しでも近づけていたら嬉しく思いますが――如何でしたでしょうか?

 最後に、ここまで読んで下さいました皆様ありがとうございます。
 鰯さん、これからもお体にお気をつけつつ、頑張って下さい。これからも素敵なイラストをどうぞ宜しく(w)

 ではでは。









天田さん本当にすばらしいssありがとうございました(泣
上の絵はss内にあったケーキ作りにがんばるフェイトを描かせていただきましたー><
もう描かずにはいられなかったのですよw 本当はリンディさんとフェイトのツーショットが描きたかったのですがそれはまた後ほど・・・          
                                                  鰯